運命はこの手から滑り落ちる、残念ながら

01──

嫌な予感がする。
そういった予感は当たるのだ。なんたって父親にこれでもか、というほど鍛えられた第六感。
その予感が告げるのだ、私に。
飛行船なんかでのんびり帰っている暇はない。
森を山をおまえに海を気合いで走り超えて、やっとたどり着いたころには流石に息も絶え絶え。
だけど、こんな姿で登場すればなんて言われるか分かったのもじゃない。
もしかしたら拷問部屋で再教育かもしれない。
乱れた衣服を整え髪を撫でつけ、本邸へと足を進める。


「ただい、ま…」

敷地内に一歩足を踏み入れた時から何かあったとは思ったけど、ここまで屋敷が静かなのは異様を通り越して背中に冷や汗が流れる。
ピンと張り詰められた空気、最悪の事態を想像してコートの下に隠している暗器の位置を確認して、「円」を始める。
と、不意に感じた視線に振り向くと腰のあたりにとすん、と軽い衝撃を感じた。

「カルト」

漆黒の片口で揃えられた髪を撫でて、末の弟の名前を呼ぶ。
ふるふると小刻みに震えている体を膝を抱きしめる。
それでも弟は下を向いたまま、そして私を抱きしめる力は一層強くなった。

「カルト、どうしたの?黙ってたら分からないでしょう?」

ちゃん!」

相変わらずヒステリー気味な母の声に大凡何かあったのかを察する。

「お母さん…、えっと」

ちゃん!お母さんじゃないでしょう?ママでしょう!?

あ、ごめんなさいママ。

余りの剣幕に思わず謝ってしまった。

「それで何があったの?」


そして私は約3時間前に可愛い可愛い弟が父親の許可を得て(ここ重要)友達を名乗る少年たちと共に屋敷を出て行ったことを知る。








02──


その世界はあまりにも私の知っている日常からかけ離れていた。
人権など在って無に等しく「弱肉強食」弱いから死ぬのだ。死にたくないのなら強くあれ、まさしくその言葉が当てはまる世界。
一度死んだ身の上ならば、もう一度死ぬことに対して何の恐怖も抱かないけれど、愛しいと感じる存在が有ればこそ生きたいと願うのだ。
もう二度と無くしたくない。その思いだけで生きてきた。





仕事ついでに弟の情報を手に入れるため、小さな喫茶店に入りケータイを片手で弄りながら運ばれた紅茶に口をつける。
(ああ、味が薄い)
ジャケットの内側のポケットから小瓶を取り出してさらさらと流れる粉を紅茶に混ぜ、もう一度紅茶を含む。
(やっと飲める味になった)
自然に口角が上がり、ほんのりシナモンが香るアップルパイを頬張る。
ふんふんふーん♪と鼻歌を歌ってしまいたい程の上機嫌さ。やはり紅茶とアップルパイの組み合わせは最高だ!

「一人でニヤけて変な子みたいになってるよ」

いつの間にか私の向かいの席に座った兄は無表情な顔を少し傾けて、長い脚を持て余すかのように足を組む。
私は兄がアップルパイを見つめていたので欲しいのかと思い、アップルパイをファークで刺して兄の前に突き出した。

「食べる?」

兄は何も言わずに差し出されたフォークをぱく、と口に入れる。

「おいしいでしょう?」

「うん。」

私たち兄妹は幼いころから似ていると称されてきた。それは見た目であったり、中身であったり。

「あのね、キルのことなんだけど…」

「キルなら天空闘技場にいるよ。」

さらっと告げられた事実に、思わずフォークを落としそうになる。

「え?知ってたの!?」

「うん。キルのことならちゃんと把握してる。そして、君のことも。」

行くんでしょ?と首を傾げる。

「行っていいの?」

「いいよ。けど、ちゃんと俺に連絡すること、無茶をしないこと。いいね?」

「分かった!ありがとうお兄ちゃん!」

私はそのまま喫茶店を飛び出して、可愛い弟のいる天空闘技場へ向かう。
(あ、お金払うの忘れてた。まぁ、いっか☆)







03──


会場からは溢れんばかりの歓声が響いている。
入口の柱に体重を預けて、真ん中のステージで歓声を浴びている弟に穏やかな視線を送る。
複雑なのだ。
あの家に縛られていた頃は見ることのできなかった弟の笑顔が眩しい。
この笑顔を護るにはきっと、このままがいいのかもしれない。
だけどあの子を手放すなんて、私には 出来ないだろう。





第六感が告げる。ぞぞぞぞ、と嫌な汗が噴き出るのを感じる。けれど動くのも躊躇うほどの嫌な気配。

「やあ」

掛けられた声に掴まれた腕に逃げられないことを悟って、がっくりと肩を落として振り向くとそこには案の定私が苦手としている男がにこやかに立っていた。

「すみません、放してくれませんか。ていうか、放してください。いやマジで!」

「ひどいなぁ。ボクを見てそんな顔するなんて。ゾクゾクするじゃないか。」

「…相変わらずな変態っぷりですね」

「ふふふ。君みたいな青い果実を見るとボクのセンサーが反応しちゃうんだ。」

センサーってなんだ、センサーって。

「あの子、君の弟だろ?可愛いねぇ、食べたくなるよ。」

その言葉に反応してヒソカを殺気を交えて睨む。

「ふざけんなよ、そんなことしてみろ、ゾルディック全員でお前を殺しに行ってやる」

「ああ!その顔!その眼!君にはそういう顔が一番似合うよ」

駄目だ、この変態。何を言っても通じない。しかもキルアをダシにするとは何事だ。犯罪者の風上にも置けない奴め。

「君の弟にはまだ手を出してないよ。あ、まだ、ね。うーん、そうだな、君がデートしてくれるなら、手出さない、かな?」

この時私は相当頭が回らなかったに違いない。
キルアと自分を天秤になんて掛ける間もなく、私は思案もそこそこに頷いた。
だって忘れてたんだ。こいつが大嘘つきだってことを!
(もしかしなくても私は騙されたんじゃないだろうか。いや、だ、騙されてなんかない!)








04──


可愛い可愛い弟に会いに来たはずなのに、なぜ私はコイツと一緒に出掛けなければならないのだろう。
これは決して断じてデートなどではない。違う違う違う違う。
いつもの化粧を落として、あの趣味の悪い服を脱いで、一般人ぽく見えるヒソカにこっそり視線を送るとバッチリ目が合ってなおかつウィンクまで送られた。
ああ゛!それでも見た目はいいからついつい見てしまう。面食いな自分が憎い午後。





「そんなに見られるとボクも照れるんだけどな」

とふざけたことを言っているヒソカを軽く無視して街行く人々に目を向ける。
何がしたいのか相変わらず分からない。
といってもそんなに付き合いがあるわけではなく、兄の知り合い程度なはずなのになんか慣れ慣れしいこの男。

「何がしたいのか分からない」

私が不満げに呟けば、ヒソカはニタァと目を細める。まるで蛇が獲物を見つけた時みたいに。

「だって目の前にとても美味しそうなモノがあるのにそれを誰かに盗られるなんて、虫唾が走るじゃないか。」

「私はモノじゃない」

近くの窓に亀裂が入る。

、覚えていて欲しいな。君をぐちゃぐちゃにするのはボクだって。それまで誰かのモノになっちゃダメだよ」

(もし誰かに盗られたらボク何をするか分からないな 君の大切なモノ 壊しちゃうかも。)

耳元で囁かれた言葉に心臓が止まる気がした。







05──


護りたいものほど擦り抜けていく。
欲しいものは何時だって手に入らない。
孤独を知る。痛みを知る。絶望を知っても、さらにその奥にまだ知らない最悪がある。





「キールアッ!」

可愛い可愛い弟の後姿を見て、思わず抱きしめる。

「うわ!?え、あ、おい!」

なんて可愛い反応なんだろう。可愛い可愛い可愛い可愛い。

「キルアー、寂しかったんだから!そんないきなり…、私じゃ役不足だけど、だけど…、キルアの馬鹿ー…」

キルアを抱きしめていたらなんかもう全部どうでも良くなる。いや、それはまずいけど。
だけど、やっと会えた可愛い弟を縋るように抱きしめると、煩わしそうに溜息を吐き、そしてキルアの肩に埋めた頭をそっと撫でてくれた。
キルアから離れる時には浮かんだ涙をそっと引かせて、満面の笑みで。

「会いたかったよ、キルア。君が元気でいてくれて私は嬉しい。」

熱い熱い姉と弟の抱擁を済ませると、そこには顔を逸らせた眼鏡を掛けた男の人とツンツン頭の少年と、顔を真赤にしている道着を来た少年がいた。

「えっと、そのお姉さんはキルアの…」

ツンツン頭の少年が非常に言いにくそうに言葉を紡ぐので少々悪戯心が湧いてしまう。

「急にごめんなさい。でもキルアの姿を見てら居ても立っても居られなくて…、えっと私とキルアは見てわかると思うけど…」

絶対に見た目では姉と弟には見られないと分かっている。キルアはパパ似だけど、私はママ似だから。似ている、なんて一度も言われたことはない。

「まぁ…、そういう関係…?」

「どんな関係だよ!」

キルアが突っ込む。あぁ、なんて可愛いんだろうこの子!もう一度抱きしめる。今度は正面から。

「可愛いキルア!だってだって!久しぶりの長丁場の仕事から帰ってきたら、キルアは家出したっていうし、しかもハンター試験受けに行って帰ってきたと思ったら今度はパパの許可を得て出て行ったって言うじゃない!別にキルアがそれを望むなら私は何も言わないよ?けど、私に一言も言わないってどういうことなの?簡潔に述べなさい。」

マシンガントークを開始すると、みんな唖然としていた。この際無視。ていうか、今の私にはキルアしか映らない。

(ブラコンなんて今更!)








06──


「えっと、つまりお姉さんはキルアの…、」

「姉のと申します。ごあいさつが遅れて申し訳ございません。うちの可愛い弟がとてもお世話になってみたいで、なんとお礼を申し上げればいいか。」

営業スマイルは得意です。伊達に暗殺業やっていません。このご時世スキルだけじゃダメだってパパに言われているんです。





「ふふふ、そんなに警戒なさらないでください。私は別に仕事で来たわけではありません。可愛い可愛い弟に会いに来ただけです。」

にっこりと笑顔をオプションで付ける。それでも怪訝そうな顔は否めない。特に眼鏡の青年とツンツン頭の少年。

「確かに私は足を洗ってませんよ?今もこれからも暗殺者として生きるでしょう。ですが、今日はこの子の姉としてきたのです。」

「…お姉さんキルアのこと連れ戻すの?」

「言ったでしょう?私はキルアの意思を尊重しますよ。父もそう言ったはずですが。」

意志の強そうな瞳、ああこの子が彼のジン=フリークスの息子か。なるほど。

「ああ!もう!ちょっと姉貴こっち来い!」

「キルア!お姉ちゃんでしょ?お姉さまでもいいけど。」

「い・い・か・ら!こっち来いって!」

キルアに腕を掴まれて別室へと連れて行かれる。私の知らない間にまたそんなに力が強くなってお姉ちゃんは嬉しいよ。知らぬまに成長している君に少しだけ寂しさも覚えるけど。

ソファに向かい合って座る。キルアは視線をちらちらと向けるけど、目が合うとすぐに逸らす。

「本当に会いにきただけだよ。私キルアを連れ戻そうとか、そんなこと考えてない…」

「俺が言いたいのはそんなことじゃなくて、ああ!もう!…姉貴に何も言わずに行動に出たのは悪いと思ってるよ。けど、さ…、外に出たかったんだ」

「何を選ぼうともキルアはそう思わなくなっても、私はキルアのことを大切な弟だと思ってるよ。だけど、それと同時にパパもママもお兄ちゃんもミルキもアルカもカルトも大切な家族なの。それを言いたかった。…連絡先教えとくから何かあったら連絡して。少しくらい、役に立てると思うから。」

キルアの猫っ毛の頭を撫でて、部屋を出る。
扉を開けると、ツンツン頭の少年が心配そうに立っていた。

「キルアをよろしくね。」

(私もずっと君の隣にいたかったけど、私じゃ役不足みたい。それはとても、悲しいけれど。)