彼女はレアチーズケーキをおいしそうに食べている。
冷静を装いながらも俺は内心ドキドキしっぱなしだった。
今までこれっぽっちの脈もなかった憧れの君、ヘルゼリッシュを見る。
俺は運ばれてきた珈琲を手につけることもなく時間は流れる。
「…迷惑、でしたか?」
ヘルゼリッシュは、いやは少し申し訳なさそうに俯いた。
「いやいや!なんていうか、驚いただけだよ」
「驚いた?」
「君が来てくれるなんて」
彼女は目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「シャルナークさんはお得意さまですから」
期待を裏切ったその返答に俺は少なからず肩を落とした。
苦笑している俺を見ながら彼女も笑った。
「行きたいところがあるんです。」
「行きたいところ?」
「一緒にどうですか?」
彼女の誘いに俺はもちろんYes.と答えた。
「で、どこに行きたいの?」
「サンタマリアデルフィオーレ大聖堂」
この街のシンボル的存在でもある、あの教会堂。ブルネレスキが残した穹窿の建物。
ふたりで歩く 太陽の下は眩しくて そして一瞬が 永遠のように 思えた。
「昔から、初めて見たときから来てみたかったんです」
彼女はそう言って笑った。
「だけど、一人で来る勇気がなかった」
そして俺を見た。
「今日はありがとうございました」
どうしてなのか、彼女がすごく寂しそうに見えるのは。
「ほんとうに有り難う。」
「でも、ごめんなさい」
急に彼女はそんなことを言った。
そして何度も俺に謝った。何度も何度も、
「もう、時間がないんです。」
「時間?」
「ごめんなさい、」
泣きそうな顔をして彼女は辛そうに言う。
「どうして、どうして泣くの?」
俺は手を差し出した 彼女の頬に触れるように
「触らないでくれる?」
いつの間にか彼女の後ろに、俺の前に男がいた。
長い髪が風に揺れている。服は彼女と同じような黒い服。
そう 彼女と同じ 真っ黒な 闇 の 服
彼女はもう一度、呟いた。
「ごめんなさい」
そしてその男と共に、闇の中へ消えて行った。
闇の中に溶けるように。