正直、俺は焦っていた。
柄にもなく、一人の女に執着して、そしてそれを未だに手に入れられない自分に。
初めて彼女に会った時、もちろんすぐに俺はパソコンを開いた。
理由はもちろん彼女のことを知るためだ。
本名を知らない限りどうしようもないけれど、それでも俺は彼女のことが知りたかったから。
"ヘルゼリッシュ"
検索結果は彼女とは無関係のものばかり。
今まで欲しいものは全て手に入れてきた。なのに、どうして彼女だけは手に入れられないんだろう。
手に入らないものほど欲しくなる。
あの優しい微笑みや、時々垣間見る切なそうな横顔、いつも用意されている紅茶や、君の全て。
最初に会った時から違和感を感じていた。
次にあったときにはそれが確信に変わったのに気がついた。
そして今、どうしようもないくらいに君を欲している。
「ねぇ、君は何を隠しているの?」
そうやって呟いても君に届く訳もないけど、言わずにはいられなかった。
君の全てが知りたい、そう思うのは当然だろう?
無機質な電子音が鳴った。
俺は戸惑うこのなくその音の主である愛器を手に取って、電話に出た。
「もしもし?シャルナークさん?」
声の主は言わずもがな心の住人、ヘルゼリッシュで一気に俺の心臓は動悸を増した。
それでも、冷静さを装った。
「珍しいね、君が電話を掛けてくるなんて」
「依頼されてた書類、完成したんです 早い方がいいでしょう?」
いつもの柔らかい調子で返される。
彼女がプライベートなことで電話なんてしてくるはずもない。
分かってはいることだけど、気落ちした。
「あぁ、ありがとう。」
ヘルゼリッシュは情報屋。
調べたいものを依頼するとほとんどといっていいほど何でも調べてくれる。
その分情報料は高いけれど、それでも彼女に依頼する価値はある。
「今どこにいますか?」
「え?今?…アルノ川沿いの喫茶店、だけど」
「これから時間あります?」
「まぁ、」
「ではこれから、私がそちらに持っていきますね」
思いもよらないことだった。
彼女は外に出ること、ましてや昼に外出するのを好まない人だったから。
「いいの?」
「えぇ、」
変わりにお茶くらい奢ってくださいね、と彼女は付け足した。
電話を切って、深く深呼吸した。
それから、15分経っただろうか。
彼女が来た。
長い髪は高い位置で一つに纏められており、今日も黒い服を着ている。
「待たせてすみません。」
「いや、」
これですね、と彼女は書類を鞄から出した。
それはいつもの通り、細かく調べられてあった。
「今日はどうしたの?珍しい、よね」
「気分転換です 最近気が滅入っちゃって」
そう言って先程注文したダージリンを飲んでいる。
「ヘルゼリッシュ、ケーキも食べていいよ」
メニューを見ながら俺は彼女に言った。
「です。」
ん?と想い彼女を見ると俯きながら、でもはっきりと言ったのだ。
「私の名前、って言うんです」
俺の顔を見て、そう言った。