「ヘルゼリッシュ、ご機嫌はいかが?」





 「そろそろ来る頃だと思ってお茶の用意をしておりました。」


 紅茶でよろしかったですよね、俺に背を向けながら彼女は言い放った。

 

長い黒髪はくるり、と緩くウェーブが掛かっており、瞳は灰色。手足は細くて長い。

 体の線を強調しているその黒い服は相変わらず彼女に似合っている。

 白と黒しか纏っていない彼女は存在そのものは芸術作品のように綺麗だ。

 モノクロのその存在は美しくも儚く、手にしたら溶けて無くなってしまいそうな印象を与える。


 「今日も忙しそうだね、君は」

 未だに俺に背を向けながら何か作業をしている彼女に独り言のように呟いた。

 振り返ることもせず彼女はそのままキッチンへと足を向ける。そこから紅茶の薫りが漂い始めた。


 「今日のお話は?」


 「君には何でもお見通しだと思ってるんだけど」


 「そうでもないですよ、」


 口元を緩めて微笑するその姿は絵になる。そのまま攫いたくなるほどに。



 ヘルゼリッシュ。それは彼女の能力であって彼女の名前ではない。

 彼女の名前を知る人物がこの世界にいるとすれば今すぐこの手で葬ってやる。

 なぜならば彼女は安易に他人に名前を教えない。

 もう四年あまりも付き合いのある俺にでさえ、名前を教えようとはしない。

 それが彼女の魅力の一つでもあり、憎むべき所。そろそろ俺の手に堕ちてもいいんじゃない?

 だから、彼女のことを"ヘルゼリッシュ"と呼ぶ。ヘルゼリッシュ、つまり千里眼。それが彼女の能力。

 対象物に触れその対象物の未来を読む能力。そして、その対象物の全てを知る能力。

 それが彼女の念能力。



 初めてあったのは、もちろん四年程前で俺も彼女もそれなりに幼かった。

 暗い路地裏の赤く染まった場所に彼女は佇んでいた。

 黒い服なのに血を浴びたと分かるほど大量に血を浴びていて、小さな足を抱きしめるように座っていた。

 瞳が怖がっていたとか、そんな風でもなく。ただぼんやりとその光景を眺めていた。

 人が、恐らく人と思われる物体が原型を留めることなく赤く染まっている、その光景を。

 赤くなんて、ものじゃなかった。それが死んで時間が経っていたようで、変色し、異臭も漂っていた。

 俺は思わず眉間に皺を寄せて思わず凝視した。彼女はまだ、少女、と言う年齢だった。

 そのアンバランスな光景は、俺の好奇心を掻き立てた。今まで感じたことのない想いが芽生えたのを感じた。

 名を問うと、彼女は答えた。「ヘルゼリッシュ」と。もちろん俺はそれを名前だと解釈した。



 目の前で優雅に紅茶を啜っている彼女を一見し、全てを欲しいと思う。

 その視線を感じたのか、彼女は困ったかのように笑う。


 「そろそろ、俺に靡かない?」


 意を決して言ったわけでもなく、そんな雰囲気だったのでもなく、さらりと、言った。

 彼女は一瞬目を見開いたが、それもほんの一瞬でまた困ったように笑った。


 「もしかして今のも見たことある景色、だった?」


 意味深にニヤリ、と笑うと彼女は平然と答えた。


 「全てが見たことある景色、です」


 そして彼女は続けた。


 「私の名を知ってからじゃないと、答えることは出来ません」


 幕は切って落とされた。
 



 捕まるか、逃げるか、ゲームは始まったばかり。