お気に入りのかんざしで髪を留めて、母の口紅を薄く塗る。鏡の前でくるりと回転して、微笑。





「まぁ!そんな格好でどこに行かれるんですか!?」
雄たけびにも似た声をあげる乳母。年齢を感じさせる肌が一層青褪めて、目が大きく開かれる。
「ちょっとそこまで、」
「旦那様がお知りになったら…!」
「あなたが言わなきゃばれないわ。じゃ、行ってきまぁす!」
後ろから聞こえる悲鳴に、内心舌打ちをして屋敷を飛び出した。

久しぶりに見た江戸の街は見るのも耐え難いくらいに天人が蠢く街へと変貌している。攘夷という思想と自分は関係がないとは言え、自分たちの国がこんなにも荒らされ好き勝手にされていると思うと込み上げてくるものがある。少なからず、こういうときには攘夷志士たちの気持ちが分かる気がする。と言っても結局は口先だけで私はこれっぽっちも分かっていないんだろうけど。

妙に視線を集めている気がする。
この格好で何かおかしいところを探しても自分ではこれっぽっちも検討が付かない。首を捻って道行く人々にそれを問うように視線を合わせるように試みるけど、誰一人視線さえ合わせてくれない。少しへこんだ。



「ほぉ、こんなところで夜遊びか?あァ?」
追い討ちを掛けるように嫌な声が背後からかかる。一瞬足を止めてしまったけど、敢えて振り向かずにきっと私じゃないと言い聞かせながら。
「いい度胸だな」
ドスの聞いた声に変わる。危険信号が全身に伝わり、振り返るとそこには相変らず不機嫌そうな男が一人起っていた。
「お、お久しぶりです」
頬が引き攣るのを感じたが、頑張ってわらったつもりだ。
「見間違いかと思ったが、やっぱテメェか!!」
「土方さん、そんなに怒ると血圧上がっちゃうよ」
「誰が怒らせてんだ!」
青筋が浮かんでいる。どぅどぅ、と言うとかえって怒らせてしまったようだ。
「いや、だって、ほら?」
「なんで疑問形なんだよ。それに、その格好も何考えてんだ…」
私はきょとんと首を傾げて、下から上かで見た。…やっぱりどっか変なのかな。
「なんか変ですか?」
土方さんは視線を外していて取り合ってくれなかった。それがちょっとへこんだ。
「来い」
「は?」
「テメェを見つけてそのまんまに出来ねぇだろが」
「…間に合ってます」
「間に合ってねェよ。ほら、行くぞ」
「やだ」
引っ張られる腕を引っ込めると、土方さんは怪訝そうに振り返った。
「…まずは屯所だ。事情はそこで聞く。こんなとこじゃ何も話せねェだろ」

幾分か声色のトーンが落とされて、諭すように言われた。私がゆっくり頷くと土方さんは私の手を取って少し向こうに置いてあるパトカーに乗った。ネオンで綺麗な街から流れる景色を見ながら屯所に向かった。
隣に座って煙草を吹かせながら運転する土方さんを横目でちらっと見て、そして俯く。



だって私は気づいてしまったの



あなたを愛してる。
あなたに釣り合う女になるために背伸びして、あなたに会うために屋敷を飛び出した。


明日はどうやって会いに来ようかとひっそり考えた。